●イステミ=カガン
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?〜575 突厥王国の創始者伊利可汗の弟で,最初の西面可汗。『新唐書』突厥伝の室点密(しつてんみつ)・瑟帝米(しっていまい)で,ビザンツ史料のディザブロスと同一人物である。伊利可汗が即位したのは西魏廃帝元年(552)であり,何分にも草創期なので,イステミ=カガンの功業も細部は不明である。兄伊利可汗の死後,イステミは10大首領を統領し,兵10万を率いて西域諸国・エフタルを平定し,天山山中のユルドゥズ渓谷を王庭として西面可汗となり,国衆を十姓部落と号したという。のちの西突厥王国の基礎はこれによってできたといってよい。初期突厥王国の可汗は伊利・乙息記・木汗・佗鉢可汗(572〜)とつづくが,このころの突厥は東西に複数の可汗がいた。すなわち,東面には爾伏可汗・ウチュケン山の大可汗佗鉢可汗・西方に歩龍可汗・ユルドゥズに室点密可汗,これら4人の可汗がいた。室点密は575年末没し,その子達頭可汗が2代目の西面可汗となった。