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●石田三成 いしだみつなり

アジア 日本 AD1560 室町時代

 1560〜1600(永禄3〜慶長5)関ケ原の合戦の中心人物となった豊臣家臣,安土桃山時代の武将。五奉行筆頭。近江国の石田村(現在の長浜市石田町)の生まれ。長浜城主時代の羽柴秀吉に認められ仕え,のち秀吉の関白就任とともに従五位下治部少輔に叙され,奉行となる。秀吉晩年の九州進攻,関東征圧,東北平定,進んで朝鮮出兵に及ぶ諸政略に兵站・渉外・攻城・所領替など枢機的活動をみせ,地歩をかためた。太閣検地についても政務に長ずるところ多大であった。佐和山領主時代,領内に出した諸条にも封建領主としての三成の力量が示されている。秀吉死後,豊臣家臣団における三成を筆頭とする文官派と武人派との対立が表面化する中,豊臣家を凌ぐ勢いをもちはじめた徳川家康を除かんとし,関西の諸大名を合せ1600年(慶長5)美濃関ケ原に戦う。布陣は有利であったにもかかわらず西軍は壊乱,三成も捕えられ処刑された。

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