●石川啄木 いしかわたくぼく
アジア 日本 AD1886 明治時代
1886〜1912(明治19〜45)詩人・歌人。本名一(はじめ)。岩手県南岩手郡玉山村の僧家に生まれ,翌1887年渋民村へ移転,そこで少年期を過ごす。盛岡中学時,新詩社の文学運動に影響を受け。1902年中学中退,上京する。翌年病気のため帰郷するが,与謝野鉄幹の指導のもと1905年特集『あこがれ』を刊行,天才の名を得るも,生活難のため渋民村で代用教員となる。この間,堀合節子と結婚。小説『雲は天才である』を執筆。1907〜1908年職を求めて北海道を放浪,再上京する。自然主義風の小説を書くが売れず窮乏生活を送る。1910年歌集『一握の砂』により生活歌人としての地歩を築き,死後刊行の『悲しき玩具』とともに日本人の生活感情を最もふさわしいことばと形式で表現し,以後の歌壇に強い影響を与えた。また大逆事件を契機に社会主義思想に接近,生前未発表の評論『時代閉塞の現状』は彼の思想の根底を示している。代表詩集に『呼子と口笛』などがある。
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