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●石合戦 いしがっせん

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 二手に分かれて石を投げあう競技・遊びで,印地打(いんじうち)とも呼んだ。印地は「いし」の訛り。石投げは元来狩猟・戦闘など実用のものであったか,卜占にも用いられた。石合戦に古く投占(なげうら)の意味が含まれ,肥後菊池郡陣内村(現大津町)の大宮神社の祭りに行われた石合戦では勝ったほうが豊作だといわれた。すなわち綱引きや舟競争などと起源をともにする年占(としうら)であった。したがって石合戦を年頭行事とした名古屋熱田神宮(旧1月15日)の伝承は古風なものであった。しかし平安末より端午の節供に行われることが多くなり,『年中行事絵巻』『平家物語』にも記された。徳川家康が見物したという安倍川原の例も端午の行事であった。古くは大人ないし青年の競技であったのに,原義を失うとともに子供の遊びとなった。ただ石合戦は熱戦のあまり死傷者を出すこともあり,早く鎌倉幕府が禁令を発し,その後もしばしば禁止された。江戸時代にはしだいに衰退し,現代はまったく廃絶した。雪合戦は石による危険性を避けた石合戦に代わる方法といえる。