●石井菊次郎 いしいきくじろう
アジア 日本 AD1866 江戸時代
1866〜1945(慶応2〜昭和20)外交官。千葉県に生まれ,旧姓を大和久(おおわく)といったが見込まれて石井家の養子となる。1890年(明治23)東京帝国大学法科大学を卒業し,外務省に入る。通商局長,外務次宮,駐仏・駐米大使をへて,1914年(大正4),大隈内閣のとき加藤高明のあとをついで外務大臣に就任,日露協約を締結したほか,二十一カ条要求後の対華積極外交を推進した。1917年,特命全権大使として渡米し,中国における日本の特殊権益の承認,中国の領土保全,門戸解放,商工業上の機会均等などを規定した中国に関する日米共同覚書,いわゆる石井=ランシング協定を締結した。1920年には国際連盟日本代表となり,1927年ジュネーブ軍縮会議全権として活躍し,1933年にはロンドンで開催された万国経済会議代表なども歴任した。その間,貴族院議員,枢密顧間官などにも任ぜられたが,1945年,戦災に遭遇し没した。
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