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●胆沢城 いざわじょう

アジア 日本 AD1851 江戸時代

 平安時代初期,蝦夷経略の根拠地として設置された城。その築城については,『日本経略』802年(延暦21)正月条に〈従三位坂上大宿禰田村磨を遣はして陸奥国胆沢城を造らしむ〉とある。築営後まもなく鎮守府多賀城からここに移され,以後東北経営の拠点となった。『類聚三代格』所収の812年(弘仁3)4月の太政官符によれば,同城には将軍1員のほか,軍監1員・軍曹2員・医師1員・師1員が配備されていた。停廃の時期については定かでないが,前九年の役(1051〜1062,永承6〜康平5)の頃まで鎮守府は存続していたから,同城もこのころまでは存在したものと思われる。遺跡は,岩手県水沢市佐倉河にあり,城の周郭にあたる土塁が方形(1辺約6町)に残存する。1954年(昭和29)から1955年(30)にかけて,耕地整理事業に伴う発掘調査が行われたが,その結果,城内のやや東寄り中央部に正殿跡が確認された。そしてこのなかにも,第1建物跡・第2建物跡・正殿西門跡などが検出され,正殿の南面と西面にはそれぞれ柱脚遺構が発見された。1922年(大正11)に国史跡に指定。

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