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●異国船打払令 いこくせんうちはらいれい

AD1825 

 日本沿岸に近づく外国船に対してすべて打ち払うべきことを命じた法令で,〈無二念打払せ,見掛図を不失様取計候処,専要之事ニ候〉と法文にあるところから無二念打払令といい,また,1825年(文政8)に発令されたところから文政打払令ともいう。これよりさき幕府は1791年(寛政3)外国船取扱令を発布して18世紀後半,日本近海に出没する外国船に対して臨検を厳重に行ったが,1804年(文化1)ロシア特使レザノフが長崎に渡来したのを契機に,1806年(文化3),さきの取扱令を改める法令を出した。(1月26日)文化三年令といい渡来の外国船に薪水を給与し国法を説明して再航を禁じるものであったが,文政元年ころから,北太平洋の鯨群を追ってきたイギリスの捕鯨船が毎年のように出没し沿岸諸藩の警備と財政的負担は大なるものがあり,文化三年令の維持が困難となり,1824年(文化7)8月,島津藩領の宝島におけるイギリス捕鯨船の暴行事件を重視した幕府は窮余の一策としてこの打払令を出した。

〔参考文献〕佐藤昌介『洋学史研究序説−洋学と封建権力−』1976,岩波書店(2刷)