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●異国警固番役 いこくけいごばんやく

アジア 日本 AD1271 鎌倉時代

 1271年(文永8)鎌倉幕府が蒙古来襲に備えて鎮西御家人に課した軍役の一つ。文永8年9月高麗の使者によって蒙古来襲の企図あることを知って鎮西の将士に命じて海防を務めさせた加役。九州に所領をもつ御家人は,自己の所領のある国に割り当てられて,1季のうち1カ月を交代で勤めて守護・奉行人の指揮をうけた。のち情勢の急迫につれて,石壘の筑造は,国ごとに分担した。文永の役(1274年・文永11)後は警備を強化し,勤番制を整備して,これに備後・安芸・周防・長門の御家人には長門警固役を課した。また鎮西においては一定の地域を1カ年警備せしめた。これは,その属する国によって期間・時期は多少異なったが,御家人の重い負担となってその窮乏をまねく要因となった。この番役の管理機関として幕府は鎮西談義所のち鎮西探題が設置されてこれにあたったが,のち鎌倉幕府の滅亡によって廃された。

〔参考文献〕『鎌倉九代記』,『神奈川県史』