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●池田成彬 いけだしげあき

アジア 日本 AD1867 江戸時代

 1867〜1950(慶応3〜昭和25) 五大銀行のトップに立ち三井銀行を主宰,第二次世界大戦前後の有力な財政家。米沢藩士の家に生まれ,慶応義塾ハーバード大学に学び,29歳で三井銀行入り,営業部長,常務をつとめ,明治後期から昭和8年まで同行を実質的に主宰。その行動果断にして堅実。浜口内閣金解禁政策とその後の再禁止という世界恐慌前後の激動期に,三井本社に入り,財閥転向の主役をつとめた。三井系企業の株式公開,三井報恩会の設立。重役定年制を設け自ら勇退したが,二・二六事件の前,右翼からの情報入手のため北一輝に金を与えていたこと,憲兵隊の取調べを受けたことも一因であった。引退後は近衛文磨・石原莞爾らと接触を深め,日銀総裁のあと,第1次近衛内閣の蔵・商相。国家総動員法にある利潤統制条項について陸軍と対立。阿部信行内閣の後継首相と目されたこともある。敗戦後,三井に財閥解体への覚悟をかためさせた。追放解除後は吉田茂の相談役でもあった。