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●夷夏東西説 いかとうざいせつ

アジア 中華人民共和国 AD 

 傅斯年(ふしねん)が『慶祝蔡元培先生六十五歳論文集』下(1935)に発表した論文の題名。中国北部は,太行山脈以東の黄河・済水・淮水流域の沖積平原と,それ以西の丘陵地帯とに大別され,その地理的環境の違いによって東・西に異なる政治勢力が形成されると説き,夏殷周3代以前にあっては,夷と殷が東系,夏と周が西系であるとする。夷とは済水・淮水の下流域に分布していた諸族の通称であり,その東北地方に興起した殷がこれを統合し,さらに西方の夏を征服したと論証する。東・西の対立はその後も,殷(東)と周(西),戦国時代の六国(東)と秦(西),秦漢交代期の楚(東)と漢(西)などとつづくが,漢代にいたって東西の融合がすすみ,さらに揚子江流域が開発され江南が一つの政治勢力となるに及んで,中国の政治形勢は東西対立から南北対立へと移行すると説明する。