●伊賀 いが
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現在三重県に属する地域名。旧国名。北,西,南を滋賀県,京都府,奈良県に接し,東は布引山地を境として伊勢平野にいたる。四方を山に囲まれた盆地である。現在では上野市・名張市・名賀郡・阿山郡の行政区分に分かれているが,律令制下以来長らく阿拝(あヘ)・山田・伊賀・名張の4郡であった。山間の僻地のようではあるが,古来,大和地方と東国・伊勢を結ぶ要地であり,壬申の乱のときの主要舞台でもあった。また,木津川の水運を利用した交通路も存在し,平安以降には東大寺領・興福寺領をはじめとして多くの荘園があった。のち,織田信長の攻略にあい,慶長年間に藤堂高虎が移封されて以来は,江戸時代を通じて伊勢とともに藤堂家の治めるところであった。有名な芭蕉は伊賀の出身である。忍びの術をもって幕府に任えた伊賀者も同地ゆかりの集団であった。地元には伊賀焼・組みひもなど伝統産業が存続しており,現在ではかつての閉鎖的な風潮を破り,近鉄沿線を中心に大阪への通勤圏として新たな変容をなしとげつつある。
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