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●イオニア

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 小アジア沿岸のほぼスミュルナ(現イズミルともいう)からミトレス(サモス島の東西)のあいだの地域。ヘレンの子クストスとクレウサのあいだに生まれたイオンを名祖とするといわれる。前9世紀ごろのホメロスの時代には,この地方にはまだギリシア人は住んでいなかったが,前8世紀ごろからギリシア植民市が建設された。ヘロドトスによると,植民ギリシア人は原住民と混血したといわれる。彼らはとくにアテナイとの関係が深く,イオニア人の祖先はアテナイから来たのであって,アパトゥリア祭を行う,といわれていた。エーゲ海とペルシア帝国が接するこの地方は,古くからギリシア人とペルシア人が厳しく対立したところであった。前5世紀始めのイオニアの反乱ペルシア戦争の原因となり,戦後にはイオニア人デロス同盟に参加して,アテナイの支配下に入った。ペロポンネソス戦争末期には,スパルタはペルシア王との交渉によって,小アジアのギリシア人に対する王の支配権を承認し,その代償としてペルシアから軍資金を供与された。前4世紀の初めには,スパルタは,イオニアを含む小アジアのギリシア人の独立を支援してペルシアと戦ったが,前386年の「アンタルキダスの和約」において,王は小アジア全域に対する支配権を確立した。その後,イオニア諸市はアレクサンドロス大王に服し,彼の死後はマケドニアやペルガモンの支配下に入り,ついでローマの属州(プロウィンキア)となった。