●イエナの戦い イエナのたたかい
ヨーロッパ フランス共和国 AD1806 第一帝政
1806年ナポレオン率いるフランス軍とプロイセン軍のあいだでドイツのイエナを戦場として行われた戦争。1805年ナポレオンはアウステルリッツでオーストリア−ロシア連合軍を破って以来,オーストリアからドイツとイタリアでの白由行動を認められ,翌年の神聖ローマ帝国の解体後は西南ドイツの諸邦を糾合してライン同盟を組織した。他方プロイセンは1795年以来中立を維持していたが,ナポレオンによってたびたび挑発された結果,1806年フランスに宣戦したが,この戦いで一蹴され,さらに来援したロシア軍も撃破された。その結果フランス−ロシア間でティルジットの和議が結ばれ,それによってプロイセン領は大幅に縮小され,ポーランドはワルシャワ大公国を形成してライン同盟に加入した。この敗戦の街撃によってプロイセンは内政改革に乗り出し,シュタインおよびそれを継いだハルデンベルク首相のもとに封建的諸制度の廃止や行政機構を改革した。