●飯田事件 いいだじけん
アジア 日本 AD1884 明治時代
1884年(明治17)明治専制政府に抗して愛知・長野の自由党員がおこした反政府転覆未遂事件。天皇制絶対主義の確立をめざす明治政府に対し,国会開設・地租軽減・条約改正などを要求する自由民権運動は,板垣退助らの民撰議院設立建白書の提出とともに高揚していった。しかしこうした運動に対し,明治政府の弾圧はし烈をきわめ,各地で流血事件をひきおこした。愛知の自由党幹部村松愛蔵は,「愛岐日報」で民権論を主張していたが,政府の圧迫が日に日に強まるに及びついに同志らと政府転覆を計画するにいたる。計画は名古屋鎮台を襲撃し,下伊那の天険をおさえ,天下に「義」を訴え,中央政府を変革しようとするものであった。計画は檄文(げきぶん)作成も終わり,同志を集めるところまで進んだが,秩父事件の敗北を知るや,計画を中止し,檄文配布のみを行った。しかしこの計画はやがて発覚し,村松愛蔵・八木重治らの中心人物27名が相次いで逮捕された。