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●安楽公主 あんらくこうしゅ

アジア 中華人民共和国 AD 

 ?〜710 唐の中宗と韋后の末娘,中宗が則天武后により房州(湖北)に流されていたときに生まれた。705年(神竜1)中宗が復位したのち,韋后は武后にならって思う存分権力をふるった。安楽公主も韋后の権をたのんで専横をたくましくした。彼女はやがて武后の一族武三思の子式崇訓に降嫁するが,このことは武士の勢力を再びもり返すこととなり政治の混乱を激しくした。当時,韋后をめぐる宮廷夫人の勢力は強大で,任官は彼女達に対する賄賂の額によって左右される状況であった。なかでも安楽公主の収賄は最も激しかった。彼女は武崇訓の死後,武廷秀に再嫁した。710年(景雲1)韋后は則天武后とおなじく帝権を握ろうとし,安楽公主を皇太女にする約束で,母娘共謀して中宗を毒殺し,温王李重茂を帝位につけた。しかしその月の末に李隆基(のちの玄宗)が挙兵し,韋后と安楽公主は殺され,その支配は崩壊した。