●アンベードカル
アジア インド AD1891 英領インド帝国
1891〜1956 インドの政治家・不可触民解放運動の指導者。ヒンドゥー社会の最下層階級に生まれ,少年時代から被差別の苦い体験をなめた。バローダの藩王から奨学金を得て,アメリカのコロンビア大学で経済学を修め,のちロンドンで弁護士資格を取得して帰国した。1924年にボンベイの高等裁判所の弁護士として出発,同時に社会運動家・政治家・ジャーナリスト・教育者などの多彩な活動をとおして,生涯,反カースト・不可触民の地位向上に献身した。この間,1926年にボンベイ州立法参事会員に選ばれ,1930年にロンドンの英印円卓会議に被抑圧階級の代表として出席,1932年にはイギリス政府の提案した分離選挙制度をめぐって,民族運動の立場からこれに反対するガンディーと対立,また国民会議派の独立闘争を批判し,1942年からは総督行政参事会の労働相をつとめた。独立後,憲法制定会議のメンバーとなり,新憲法の作成にあたると同時にネルー内閣の法相をもつとめたが,1951年に辞職した。死の前年,自らの所属するマハール−カーストの30万の人びとをひきいて,旧姓平等を教える仏教に集団改宗し,今日の新仏教運動の口火をきった。