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●アンドラーシ

ヨーロッパ ハンガリー共和国 AD1823 プロイセン王国

 1823〜90 ハンガリーの政治家。カシャ(コシツェ)の伯爵家に生まれる。1847年にオーストリア帝国議会の議員となり,コッシュート革命に参加,革命敗北後はパリに亡命した。1857年に恩赦により帰国し,ハンガリー自治機関創設の交渉をすすめ,オーストリアがプロイセンとの戦争に敗れたのちの1867年2月に自治政府の首相兼国防相に就任,同年6月に成立したオーストリア=ハンガリー二重君主国の形成にあたった。一貫してロシアの脅威に備えてドイツと提携することを主張し,1871年に二重君主国の外相に就任してからも,1878年のベルリン会議などで活躍したが,彼の案出したボスニア=ヘルツェゴヴィナに対する妥協案が国内で不人気で,1879年に辞任した。しかし辞任の前日に独墺同盟を締結し,その後の外交路線を据えつけた。その2男で同名のアンドラーシ(1860〜1929)も政治家で,オーストリア=ハンガリーの最後の外相をつとめ,第一次世界大戦時に活躍した。