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●安徳天皇 あんとくてんのう

アジア 日本 AD1178 平安時代

 1178〜85(治承2〜文治1)(在位1180〜85) 高倉天皇の第1皇子。母は平清盛の女建礼門院平徳子で,諱は言仁親王。1180年(治承4)即位。平氏政権の末期に2歳で即位し,1183年(寿永2)7月源義仲の上洛により,平宗盛に擁立されて,西国へ落ち,翌月大宰府に入り,のち源平会戦のため讃岐の屋島へ移り,屋島会戦で源九郎義経のために撃破され,1185年(文治1)3月壇の浦におちる。しかしこの会戦でも敗北して平氏一門とともに二位局にいだかれながら入水,ときに7歳。三種神器のうち,剣が海底に没して失われたといわれる。陵墓は下関市阿弥陀寺陵。安徳天皇の即位は,内大臣藤原基通・後白河院政らがともにその力を発揮できぬ状況にあったから,平清盛の意図によるものである。