●安藤信正 あんどうのぶまさ
アジア 日本 AD1819 江戸時代
1819〜1871(文政2〜明治4) 幕末の政治家・磐城国(福島)平藩5万石の藩主。幼名は欽之進または欽之助。元服して信睦のち信正と改める。1847年(弘化4)父信由の跡を継ぎ対島守となる。寺社奉行、若年寄と進み1860年(万延1)正月老中となる。大老井伊直弼遭難後、尊王攘夷運動の激化するなかで、老中久世広周を助けて政局の中心に立つ。外交面ではプロシアとの条約締結、ヒュースケン暗殺事件、ロシア艦の対馬上陸事件、兵庫・新潟の開港開市延期交渉、樺太国境確定談判、小笠原島開拓、東禅寺焼打事件などの解決にあたった。内政面では幣制改革を行い金貨流出防止をはかり、とくに幕府と朝廷との公武合体に努力し、孝明天皇の皇妹和宮の家茂に降嫁を奏請し、婚儀の儀を成功させた。尊攘派はこれを激しく非難した。1862年(文久2)正月、坂下門外で水戸藩浪士に襲われて負傷し、老中を辞し、2万石を削られ隠居・永蟄居を命じられ、1871年(明治4)没。
