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●アンデスの諸民族 アンデスのしょみんぞく

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 原住民であるインディオ,16世紀以降の侵入者であるスペイン人,そしてこの両者が融合したメスティソから構成される。このほか,スペイン人以外のヨーロッパ人・黒人・中国人・日本人などの移民が,少数民族として存在する。これらの諸民族の分布は,一様ではない。原住民の文化伝統には,地域的な差異があり,これにもとづいてアンデスは,南部・中部・北部の3地域に大別できる。アルゼンチン・チリからなる南部においては,先スペイン期には,狩猟採集経済をいとなむバンド(ホルド)社会が散在していた。スペイン人侵入以降,この地域の原住民はほとんど絶滅し,現在では,アルゼンチンの原住民人口は全人口の0.6%,チリのそれは0.4%と推定されている。南部には,メスティソ化もおこらず,圧倒的な白人社会がみられる。コロンビア・ベネズエラの両国にまたがる北部アンデスには,先スペイン期に,チブチャ王国などの首長制社会が形成されていた。集約農耕を基盤に,階層と職業との分化がみられたが,首長国の規模はちいさく,また国家組織も脆弱だった。スペイン人の侵入とともに,首長国は全面的に解体し,スペイン人の支配は,個々の原住民に対する直接的な支配となった。この過程でメスティソが多数誕生し,現在でも,メスティソの農民社会の性格がつよい。これにたいして,ペルー・ボリビア・エクアドルを範囲とする中部アンデスは,いわゆるインカ帝国の中核をなし,より高度に組織化された大規模な国家社会をなしていた。スペイン人の侵入によってィンカ帝国は解体したものの,その基礎となっていた地域的民族集団や村落の組織は温存された。スペイン人の支配は,この原住民の社会組織を利用した,問接的なものとなった。原住民社会は,植民地時代・共和国時代をとおして,経済的にも,文化的・宗教的にも,スペインの影響をつよくうけ,変容を余儀なくされた。しかし,この地域の原住民は,その伝統を比較的つよく保持し,数的にも国家のなかで相対的に多数をしめている(ペルー47%,ボリビア63%,エクアドル15%)。しかし,1950年代以降の農地改革などによって,市場経済の浸透とともに農民化がすすみ,メスティソ化がいっそう加速されている。他方,原住民の伝統を国家社会のなかにいかそうとするインディヘニスモ運動もかなり根づよい。

〔参考文献〕大貫良夫編『民族交錯のアメリカ大陸』民族の世界史13,1984,山川出版社

増田義郎『インディオ文明の興亡』世界の歴史7,1977,講談社