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●アンティゴノス2世 アンティゴノスにせい

BC320 

 前320ごろ〜前239 ゴナタスと呼ばれるが,意味不明。アンティゴノス1世の孫,デメトリオス1世の子。小アジアで戦っているデメトリオスの副王としてギリシア本土を支配(前287以降)した。前284年の父の死によって王を称したが,名実ともにマケドニア王となったのは,アンティオコスと同盟してその姉妹と結婚し,前277年にリュシマケイア近郊でケルトの大軍を撃破してマケドニアを獲得してからのちのことである。

 この後セレウコス朝との友好関係が彼の外交政策の柱となった。エピロス王ピュロスの侵入によって彼はテッサリアなどを失ったが,スパルタと同盟してそのペロポンネソス侵入を迎撃し,敗死させた(前272)。エジプトに支援されたアテナイとスパルタとのあいだにクレモニディア戦争が始まったがアテナイ陥落によって終結した(前267〜前262)。この間プトレマイオス2世に対してコス島の沖合での海戦に勝利したのである。この後,甥のアレクサンドロスが反乱をおこし,南ギリシア攻略の拠点であるコリントスを失った前249年,ならびにシキュオンアラトスアカイア同盟軍を指揮してコリントスを奪った前243年に危機が訪れた。結局彼はアカイア同盟と和議を結び(前241〜前240),翌年没したのである。アンティゴノス=ゴナタスは正直で辛抱の人として知られ,その人柄によってマケドニア国民の信望を得,マケドニア国家の再建者となった。彼はまた文化の保護者としても有名であり,ストア派のゼノンをはじめとして多くの詩人・哲学者・歴史家を招聘した。