●アンティオコス3世 アンティオコスさんせい
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セレウコス朝が衰退し,ペルシア(パルティア王国)を失い,バクトリアも失い,さらに小アジアの領土もなくした。セレウコス3世の在位はわずか3年であったが,前223年にアンティオコス3世(前223〜前187)が即位した。アンティオコス3世は精力的で,かつ広い視野を有していたが,即位と同時にイラン高原でメディアとペルシスのサトラップの反乱が発生した。アンティオコス3世は反乱鎮圧のために遠征を行ったが,これは8年以上の歳月を費やすほど長いものであった。東方への進軍は,アルメニアを征服後,パルティア・バクトリアを服属国としたが,さらにインドのカーブルからペルシア湾を越えてアラビア半島に進出した。しかし,前190年にはローマとの2度にわたる戦いに敗れて,トロス山脈以西の土地をすべてローマに譲渡し,賠償金を支払った。この結果,セレウコス朝は地中海世界から後退し,アンティオコス3世はスーサで没した。