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●アンティオコス1世 アンティオコスいっせい

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 シリア王国のセレウコス朝の創始考セレウコスl世ニカトルの子で,在位前280〜261年。ニカトルは「征服者」の意味で,セレウコス1世がアレクサンドロス大王の没後,その領土のうち,ペルシア・パビロニア・エジプト・パレスチナ・シリアの南部を領有し,その子のアンティオコス1世には,セレウキアを中心としたオリエント地方の最もよい地方をまかせた。しかし,アンティオコス1世ソテルのとき,父の政策を継承して,領土を拡大しようとしたが,小アジアの一部を失い,エジプトにも敗れ,ペルガモンも独立した。前279年,マケドニア王国のアンティゴノスと同盟し,その失った地方の大部分を回復したが,この時代にすでに弱体化の兆候がみられ,ペルシアの独立をもたらした。しかし,ソテルの称号は「救済者」の意味で,王国の再建に功があったとして,神格化された。その死後,後継者争いが生じたが,これは前王妃のストラトニケを離別し,さらに次の王妃ラオディケもその子とともに離別して,エジプト王プトレマイオス2世の娘ベレニケと結婚したためで,結局ラオディケの王子がアンティオコス2世として,セレウコス朝の王となった。