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●安政の大獄 あんせいのたいごく

アジア 日本 AD1858 江戸時代

1858年(安政5)から翌年にかけて大老井伊直弼一橋派および尊王攘夷派に対して行った大弾圧。当時幕府は13代将軍家定の継嗣問題と日米修好通商条約の勅許問題をめぐって動揺していた。越前藩主松平慶永らは英明の聞こえ高い一橋慶喜(前水戸藩主徳川斉昭7男)を推したが、大奥や彦根藩主井伊直弼ら(南紀派)は紀伊藩主徳川慶福(よしとみ)を推して対立した。一方、条約勅許問題は老中堀田正睦の朝廷工作にもかかわらず成功しなかった。同年4月大老となった井伊直弼は、6月に日米修好通商条約の調印を断行し、徳川慶福(家茂)を家定の継嗣と定め、一橋派および尊攘派に対する弾圧を開始した。7月徳川斉昭・尾張藩主徳川慶恕・松平慶永に謹慎、水戸藩主徳川慶篤・一橋慶喜に登城停止が命じられ、翌年にかけて廷臣・諸侯の処罰、水戸藩主など尊攘派志士の逮捕・処罰が相つぎ、橋本左内・頼三樹三郎・吉田松陰ら8名が死罪となった。


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