●安市城 あんしじょう
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高句麗の城名。唐の太宗の高句麗遠征のさいの古戦場。高句麗の莫離支(宰相)泉蓋蘇文(淵蓋蘇文)が栄留王を弑殺(しさつ)し宝蔵王を立てて新羅を攻略すると新羅は唐に救援を求めた。太宗は張亮を平壌道行軍ダイソウカン※注1※に任じて水軍を率いさせ,李世勣を遼東道行軍ダイソウカン※注1※に任じ,645年(宝蔵王4)李世勣とともに陸路高句麗親征を行った。唐の大軍は蓋牟城・遼東城・白巌城を陥落させて安市城に迫ったが,城塞は険阻で兵は精強,城主が勇敢なため数カ月の攻城戦ののちもこれを落とすことはできず,やがて寒気が迫ったため太宗は軍を帰還させた。安市城の所在地には諸説があるが,遼寧省海城県英城子が最も有力とされている。〔参考文献〕島田好『高句麗の安市城の位置に就て』歴史地理49‐l
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