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●晏子(晏嬰) あんし

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 ?〜前500 春秋時代斉国の政治家。諱(いみな)は嬰。字は工仲。父は曇弱(諡(おくりな)は桓子)で,頃公・霊公の大夫。前571〜567年(霊公11〜霊公15),莱(らい)国の征服に従事し,前556年(霊公26)に死去した。当時の斉国では卿が台頭して君権を圧迫しており,前558年(霊公24),荘公が崔抒に弑殺されたさい,晏嬰は崔抒への服従を拒み,社稷の臣の立場をまっとうした。前545年(景公3),崔氏を滅ぼして政権を一時襲断した慶封が追放されたさいも紛争への介入を拒んだ。前532年(景公16),陳桓子が鮑氏と結んで欒・高2氏を追放したさいには,陳桓子に旧領の公への返還・引退を勧め,かえって陳氏の勢力を強くした。晏嬰は貴族の伝統的倫理に従い,身をまっとうした人物であったが,一方では,前522年(景公26),景公が病んだとき,および前516年(景公32),彗星出現のとき,呪術をしりぞけ徳政につとめるべきことを進言し,祭祀と政治との一定の弁別をはかった。これは子産とともに孔子の宗教観の先駆をなす。晏嬰の逸話を集めた『晏子春秋』8編は戦国以降漢初までの成立であり,儒・墨への傾斜を示している。