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●安康天皇 あんこうてんのう

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 5世紀半ばごろ在位か。允恭天皇と忍坂大中姫皇后とのあいだに生まれ,允恭崩後に即位。第20代天皇となる。諱は穴穂(あなほ)。即位の際には允恭天皇の太子であった木梨軽皇子とのあいだに争いがあった。天皇の宮は石上(いそのかみ)の穴穂宮。安康朝の記述は『記紀』ともに大泊瀬皇子(おほはつせのみこ,のちの雄略天皇)に関連するところが大きい。天皇は弟の大泊瀬皇子のために大草香皇子の妹をもらい受けようとしたが,その使者となった根臣(ねのおみ)の中傷により大草香皇子を殺し,その妻を奪い皇后にするにいたった。しかし皇后と大草香皇子とのあいだの子である眉輪王(まよわのおう)のため,天皇は即位3年にして殺された。その後雄略の即位をみるにいたる。天皇の同母兄弟はいずれも雄略即位のさい殺されている。安康天皇は通例,『朱書』の倭の五王のうち済の世子興に比定されている。陵墓は大和国添下郡,菅原伏見西陵(『延喜式』)とされる。