●アンカラの戦い アンカラのたたかい
アジア トルコ共和国 AD
1402年にアンカラの近郊で戦われたティムールとオスマン=トルコのバヤジット1世の会戦。中央アジアを統一したティムールはイラン高原の制圧後、小アジアに進出しオスマン朝を圧迫した。ティムールに追放された黒羊朝の族長カラ=ユースフをバヤジットが庇護し、再挙を約したことも両者の対立の要因となった。1402年3月ティムールはカラー=バーグを発し、エルジンジャン・シクス・カイセリを攻略しアンカラの北東に陣を張った。ビザンツ包囲を画策中のバヤジットは、トカトから急ぎアンカラに帰還した。同年7月28日早朝アンカラ北西のチブカーバードで始まった戦いで、ティムールが圧倒しオスマン軍はわずか1日で完敗した。落馬して捕虜となったバヤジットは、虜囚のまま翌年没した。ここにオスマン朝は一時的に滅亡した。ティムールはブルサ・イズミルなどを攻略し、一時全小アジアを属領に加えた。