●アルマニャック派 アルマニャックは
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百年戦争後期,フランス王を支持した党派。イギリス王を支持するブルゴーニュ派と抗争した。アルマニャックは西南フランスの1伯領の名であるが,ブルゴーニュ公ジャン=サン=プールの手の者がオルレアン公ルイを暗殺したとき(1407),後者の縁に連なるアルマニャック伯ベルナールが諸侯の先頭に立ってブルゴーニュ公を攻撃したのでこの名が生じた。これ以後,百年戦争は英仏の国際対立にフランスの内乱が重複し,著しく複雑な様相を呈する。アザンクールの戦い(1415)におけるイギリス軍の大勝はそのままアルマニャック派にとって大打撃となる。総じてブルゴーニュ派が優勢であったが,あらゆる分野で両派の烈しい抗争がつづき,ベルナール(1418),ジャン=サン=プール(1419)ともに相手方によって暗殺された。アラスの和約(1435)でフランス王シャルル7世とブルゴーニュ公フィリップのあいだに妥協が成立し,両派の抗争はようやく終わりを告げた。