●アルキビアデス
BC450
前450ごろ〜前404ごろのアテナイの政治家・将軍。クレイニアスの子。名門アルクマイオン家の血を受ける。幼くして父が戦死,近親にあたるペリクレスの後見のもとで育つ。少年時代からその美しさで多くの求愛者を引きつけた。ソクラテスとの愛については,プラトンの『饗宴』に描かれて,よく知られている。青年時代,ポティダイアの戦いやデリオンの戦いにおいて,武勇を示した。家柄・財産・友人・武功に恵まれて,たびたび人もなげな振る舞いに及んだことが伝えられている。政治にたずさわるようになったのは,ニキアスに対する対抗意識からである。前420年,ペロポンネソスの諸ポリスをアテナイと同盟させ,スパルタに脅威を与えた。前415年,アテナイ市民の野望をあおって,シチリア遠征を決定させる。ニキアスはこれに反対したが,民会はアルキビアデスとニキアスとラマコスを指揮官に選んだ。シチリアに着いてから,出航前から嫌疑をかけられていた事件でアテナイに召喚された。彼は途中で逃亡し,敵スパルタに亡命する。スパルタ側は彼の策をいれて,シチリアに援軍を送り,またアテナイ北方のデケレイアを占領し砦を築いた。ニキアスの遠征軍は全滅し,アテナイは北方からの補給路を絶たれて窮地に陥った。前412年にはイオニアにむかい,各地をアテナイから離反させる。このころからスパルタ側からも嫌疑を受けるようになったので,ペルシアと結んでアテナイへの復帰を企てた。サモス島に集結していたアテナイ海軍の指導者たちは,彼の説得に応じて民主制変革を求める使者をアテナイに送った。しかしサモスでは形勢が逆転し,兵士たちは民主制を支持することを決めて,彼を復帰させ,指揮官に選んだ。数年間各地に転戦して勝利をあげ,前407年にアテナイに帰還。そののち政敵から告発され,出征中の船隊を離れてトラキアに移った。アテナイが降伏してのち,30大政権の主導者クリティアスは,スパルタ王リュサンドロスを説いて,アルキビアデスを殺させた。