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●有田焼 ありたやき

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 佐賀県西松浦郡有田町を中心とした一帯で焼かれる磁器をいう。有田の北方伊万里港から各地へ搬出されたため,藩窯鍋島焼も含めて伊万里焼と呼ばれた。慶長の役(1597〜98)に鍋島直茂が連れ帰った朝鮮の帰化陶工李参平(金ケ江三兵衛)によって,有田泉山の磁鉱が発見され,当地で焼かれたのが始まりで,わが国最初の磁器である。やがて各地から陶工がきて陶業を営んだが,山林の乱伐という弊害がおこり,佐賀藩は1637年(寛永14)帰化陶工以外の陶業を禁じた。正保年間(1644〜48)酒井田柿右衛門赤絵着色法に成功し,国内はもとより海外へも輸出され賞讃を得た。藩は幾度かの改制を加えつつ,殖産興業として保護するとともに藩外への有田陶法の流出を厳しく禁じて,伊万里のみを市場としていた。文化年間(1804〜18)平積から天秤二段積への窯積の改良が行われ大量生産が促進され,有田焼は全盛期を迎えることとなり,ヨーロッパへも多数輸出され,これまでの漆器にとってかわり一躍貿易品の花形となった。

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