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●有島武郎 ありしまたけお

アジア 日本 AD1878 明治時代

 1878〜1923(明治11〜大正12)小説家・評論家。有島生馬(洋画家),里見トン※注1※の長兄。学習院をへて札幌農学校に進む。1903年8月,アメリカに留学,キリスト教に批判的になるとともに社会主義思想の研鑽を積み,クロポトキンの思想にも親しむ。帰朝後,東北帝大農科大学講師の任に就く。同人誌「白樺」の創刊とともに同人に加わり,同誌に『或る女のグリンプス』(1911年1月〜1913年3月,後の『或る女』前編)を発表。1919年,『或る女』前後編を一挙に完成,近代リアリズム文学の代表作との世評を得る。しかしロシア革命・米騒動など内外の社会変動に大きな思想的変革を迫られ,インテリゲンッィアの敗北宣言ともいえる『宣言一つ』(1922年1月)を発表。またこの年,北海道狩太の有島農場を小作人に解放するなど思想の実践にも努力した。最後には波多野秋子と情死を遂げたが,上流階層出身者たることに深刻に悩み,白樺派作家の中でも異質な存在であった。

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