●アラム人 アラムじん
AD
フェニキア人・ヘブライ人などとともに,西セム族に属する半遊牧民の一つ。アラムの名称は,地域名あるいは国名として前23世紀,人名としても前17世紀にみえているが,細部にわたっては不明で,シリア砂漠を中心とした半遊牧民族であったと推定される。前15世紀(エジプト-アマルナ時代)に始まるオリエントの民族大移動の流れにのり,メソポタミア北部に定着を始めた。前11〜10世紀ころにはダマスクスを中心にアラム王国を建設し,シリア北部にいくつかの小国家をつくった。それぞれはアルスラン=テペ・カルケミシュ・サマアル・グザナ(テル=ハラフ)・サクチュギョジェ・カラテペ・ボルシッパなどの城塞都市で,東はメソポタミア,西はキリキアまでの版図をもち,エジプトとヒッタイトの影響を受けて,オリエント貿易の支配者となった。しかし,その繁栄のため周辺の強国,とくにアッシリアの攻撃を受け,また統一した国家をつくるまでにいたらず,前8世紀までにアッシリアに征服された。その後はついに政治的独立を達成することはなかった。しかし,アラム語はアッシリア時代からすでに商業語となり,アケメネス朝ペルシアのときには公用語として使用された。また,文化的にはバビロニア・ペルシア・ヘブライなどの諸要素を西方に伝え,またのちにはギリシア文化などを東方に紹介して,文化の東西交流の重要な仲介者となった。現在も,シリア・アルメニア・メソポタミア北部でアラム語を話す民族は残っているが,その数はわずかである。