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●雨乞い あまごい

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 古代ではあまひき,地方によってはあめよばい・あまぎとう・あまねがいなどとも呼ばれる。旱魃時に行われる降雨の呪法または神仏への祈雨の行事である。水稲耕作を中心とする日本の農業では,夏季の旱魃は致命的であるから古来雨乞いが盛んに行われてきた。その文献にみえる最古の例は『日本書紀』の642年(皇極1)の記事であろう。以下歴史を通じて,雨乞いに関する多くの記事がみられるが古代・中世では,その多くは仏教,とくに密教系統の僧侶による請雨法そのほかによる祈雨の法が行われている。近世に入ると,農民の手による各種の雨乞法がみられるようになる。しかし近世でも,一部の僧侶や修験者などで,これに拠ったものも少なくなかった。彼らが雨を祈った神としてとくに著名なものは龍王である。京都の神泉苑に龍王が棲むという信仰は平安時代よりあり,ここで雨乞いの行われたことは数多いが,日本各地にこの神の祠があり,またその棲家という池・泉・淵などがあって,雨乞いの聖地とされていた。雨乞法の種類は,その数がきわめて多く,日本民族の伝承して来た祈願法・呪法がすべてここに動員された観がある。そのすべてを述べるのは困難であるから,主要なもののみを次にあげる。

【みそぎ・おこもり】村人が集まって川や池に入って水浴して身を浄める。千垢離といって数多く行えば効があるとする地があるが,ただ水辺を往来するだけの形式的なものになっているのが多い。人間でなく神仏を水に入れる地域も多く,これを神仏を水責めにして,雨を降らさせるのだと伝えている土地もある。また祈願者が清浄の場に籠って祈願する土地も多い。

【神出御】神仏を水辺などにかつぎ出して祈る法。神輿を水辺に迎えて雨を祈るなどはその例だが,龍神の形を藁などでつくり,これを神木にまとわせ,また担いで海に流す。龍神の絵や鱗・骨などと称するものをもち出すと降るともいう。仏像や弘法大師そのほかの高僧の像,曼陀羅・仏舎利,神社では神宝の鏡・珠・剱などを出すと効があるとする。つねには水中に沈んでいる石神や鐘そのほかを掘り出して祀る地もある。とくに雨乞いの効のある神仏の像を盗んできて祀ると,最も効があるともいう。

【神饌・幣物】祈願にあたって神饌・幣物をささげるのは当然であるが,水中の龍神に酒樽を沈めるとか,女神の場合には紅・白粉などの化粧品を献ずる。神饌には魚菜のほかに牛馬などの動物供犠を捧げたことは古代においても例がある。後世それが藁製の牛馬や絵馬に代わった土地もみられる。動物供犠は,その血で聖地を汚し,それによって神仏の怒りを招き,大雨を得んとする意図であるとする説明が行われ,そのため動物の骨のみならず,人骨や牛馬糞などの汚物を聖地に投げこむ雨乞法が生まれた。百枡洗いといって,100個の枡を集めて洗うと降雨があるとする中国地方特有の雨乞法も,この思想から出たものかと思われる。

【神態】日本の雨乞法として最も広く行われているものは,火焚きの行事である。山上に松明をもって上り,もしくはそこで柴を刈って大火を焚く。この火種を遠くの神仏,高野山などに受けに行く地が多く,これが雨乞いの主要な行事ともなっている。また遠隔地の社寺から神水・幣・お札などを受けにいくと降るという。一方,お百度詣り,千巻心経など,祈願の数量で目的を達しようとする法もある。相撲・綱引きなどの競技も行われる。

【芸能】雨乞いには,日本の伝統芸能のほとんどすべてが行われた。神楽・舞楽・能・狂言・歌舞伎・人形芝居幸若舞などすべてが雨乞祈願のために行われた。芝居では,この外題を演ずれば効があるというものがあった。ほかに各種の踊りも雨乞いに演ぜられた。盆の踊りを雨乞いにも踊る土地もあるが,とくに雨乞いのための踊りとして知られるものは太鼓踊であって,そのため雨乞踊の名もある。この踊の曲のなかに雨乞踊の曲があって,これを踊ると降るというが,ほかの曲も踊られる。

〔参考文献〕高谷重夫『雨乞習俗の研究』1982,法政大学出版局

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