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●天草四郎時貞 あまくさしろうときさだ

アジア 日本 AD1621 江戸時代

 1621〜1638年(元和7〜寛永15)江戸前期天草島原の乱の大農民一揆の盟主。本名は益田四郎。父甚兵衛は小西行長の家臣,関ケ原の戦い後浪人して宇土郊外の江辺村に居住。母(マルタ)は天草大矢野村蔵々出身。姉福(レジイナ)妹萬。四郎は幼少にして儒仏神の3教を学び,長崎へ出て唐人の店で苦学しながら奇術も修得する。四郎の洗礼名はゼロニモ(パゼス記録)と思われてきたがフランシスコと考えられる(細川家文書)。1637年(寛永14)10月,湯島の談合によって天草四郎時貞と命名。島原城富岡城攻落に失敗し原古城に籠城したが,翌年2月28日細川藩士陣佐左衛門に切られる。母の前で首実験が行われたのち,原城下で獄門にされ,四郎・母・姉・小左衛門・監物ら5名は長崎の出島前で晒首にされて終わる。四郎は超人でもロボットでもない。浪人の子で苛政下の民衆の心を理解した少年であり,浪人たちの援助によって優れた指導性を発揮した人物である。