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●あま

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 『記紀』以降の古文献に散見される“アマ”という呼称は,『和名抄』に〈白水郎,和名,阿万〉とあり,『万葉集』などに〈海人〉とも表現され,当時は特定の裸潜水漁撈者だけをさすのではなく,海とかかわりをもって暮しをたてている釣漁・網漁をはじめとする漁撈者全般のほか,製塩に従事する人々や海上輸送に携わる人々一般を含んでいた。それは河川・湖沼などの内水面においても同じである。しかし,しだいに“アマ”ということばが裸潜水漁撈者だけに限定して使われるとともに,裸潜水漁撈者のなかでも男女を区別したことばや文字が用いられるようになった。鎌倉時代の初め,西行法師がうたった『山家集』の歌中に,〈年経たる浦の海人人言問はん波をかづきて幾世過ぎにき〉とみえ,このころすでに男の裸潜水漁撈者と女の裸潜水漁撈者である“海女”を区別して表現していたことがわかる。男女の“アマ”の使いわけは,江戸時代になるとさらに明瞭で『和漢三才図会』は,裸潜水漁撈者すべてを蜑人(あま)または白水郎(あま)とし,男を海士(あま),女を潜女(かつぎめ)というが,〈海士〉はわが国だけの呼称だとしている。さらに,『肥前州産物図考』(1784)中に,海士の項がある。こうして,裸潜水漁撈者の男女の区別はことばや文字によりしだいに定着し,現代では“アマ”のうち,男を“海士”,女を“海女”と表示するのが普通になっている。わが国で海士が稼働している地域は偏在しており,青森・岩手・宮城・福島・茨城などの東北日本の各県や,神奈川・東京に多く,西南日本では島根・山口・徳島・愛媛・福岡・長崎・大分・宮崎・鹿児島・沖縄などの各県に多く稼働している。海士の特性は,銛(もり)や鈎(かぎ)をもって潜り,魚類や海老(えび)・亀などを捕獲する伝統を今日に伝えていることで,この点が海女の採貝採藻の採取にとどまることと異なる。『魏志倭人伝』に〈今倭水人,好沈没捕魚蛤〉とあることは,倭の水人が“海士”であることを裏書きする。他方,海女について,その稼働している地域を県別にみると,青森・岩手・宮城・秋田・千葉・東京・新潟・石川・福井・静岡・三重・和歌山・京都・島根・山口・徳島・愛媛・高知・福岡・佐賀・長崎・大分・鹿児島などである。このように本邦における“アマ”の分布をみると,北は青森県より,南は沖縄県にいたる各県に分布しており,北海道を除く本邦全域ともいえる。ただし,北海道においてもアイヌ人たちがコンブ採取のために裸潜水を行っていた事例をあげることもできること,また,現在は,北海道の松前小島にも能登半島の輪島市海士町の海女がコンブ採取の出かせぎに出漁しているが,定住していないことからも,他地域とは区別してよいといえる。都府県別にみた場合,“アマ”が多数稼働しているのは岩手・千葉・静岡・三重・和歌山・福井・京都・長崎などである。海士が最も北の地域で稼働しているのは,青森県下北郡の尻屋・岩屋・尻労・白糠・泊などである。また,太平洋側で海女のいる最も北の地域は・岩手県久慈市宇部町の小袖である。岩手県では種市付近で裸潜水漁撈が盛んであるが,この付近は海士だけに限られる。日本海側について最も北に位置している地域をみれば,松前小島を別として,秋田県男鹿半島の畠をあげることができる。畠では海士・海女ともに稼働しており,いずれも明治以前からの伝統をもっている。南についてみれば,沖縄県をはじめ,鹿児島県奄美大島にも多い。沖縄・奄美は海士が稼働しているが海女はいない。ところが,九州各県(宮崎県を除く)や壱岐・対馬をはじめとする離島においては,海士・海女ともにいる所が多い。しかし,五島列島は海士に限られる。さらに日本ではなくても,距離的に近い位置にあり,この種の研究等では見落すことのできない韓国の済州島においては,海女(ヘニュー)だけが稼働しており,済州島の海女たちは韓半島へ出かせぎに出て,なかには定住してしまった海女も多い。

【捕採物】アマが原始的漁法ともいえる伝統的方法により,今日まで生産を継承してきた漁獲対象物は実に多種類に及ぶ。それが,漁業生産以前の漁撈活動の段階においては,さらに多種類で,少々大げさにいえば人間が食べられるものすべてを採捕したといえよう。このようなことは古い時代の貝塚が無言に語ってくれるところでもある。採取物中の主要なものを列挙すれば,アワビ・サザエ・トコブシ(ナガレコ・フクダメともいう)・イガイ・カキ・セトガイ・タチガイ・ヤコウガイ・タカセガイ等の貝類,テングサ・エゴ・ツノマタ・ワカメ・コンブ・ケイトウソウ・ツルモ等の海藻類,その他エビ(イセエビ)・タコ・コウイカ・ナマコ・ウニ(カゼともいう)・カメ及び魚類である。このうち,貝類・藻類は海女による採取が多く,エビ・タコ・コウイカ・ウミガメをはじめ,クロダイ・イシダイ・ブダイのような磯付き魚をヤスまたはモリで突くのは海士に限られる。また,海士により,香川県荘内半島の比地木で行われていたアイゴと呼ばれる魚を素手でつかみとる“アイゴホミ”など,特殊な裸潜水漁撈による捕採を行っている所もある。こうした多種類に及ぶ捕採物をとるために,いろいろな道具が考え出されたり,使用されたりしたが,歴史的にみても,最も価値の高いものはアワビで,アワビを多く産する岩礁性海岸(そこには,アワビの餌となる褐藻類や緑藻類の海藻も多い)には,アマが多く稼働している。また,近世以降においては,テングサの商品価値が上がり,同じように岩礁性の海岸地帯でアマによるテングサの採取が行われてきたことも,アマの分布と一致する。アマの分布はこれら漁獲対象物の生息する自然的・地理的条件とその豊度に深い結びつきをもっているのが第一義的であり,水温のような自然的条件は,むしろ漁獲対象物の生息条件とのかかわりにおいて重要で,アマの分布とのかかわりあいにおいては二次的である。

【潜水作業と道具】アマが潜って作業をすることを,モグルとかスムという。また“カツグ”ともいい,アマのことをカツギというのは“潜(かつ)ぐ”からきている古語である。また,アマがアワビを採取するために使用する鉄製の箆をナサシとよぶ地方(たとえば秋田県の男鹿半島の畠・京都府丹後町の袖志・宮城県の宮戸島・福島県磐城市の小名浜・豊間・四ツ倉など)があるが,ナサシの名称は“魚刺(なさし)”からでたことばで,これも古語の魚(な)にあたり,このようにアマの使用する道具のなかには,伝統的な語彙が伝えられていることは注目にあたいすることである。また,アマが使用する潜水用のメガネは,ガラスが普及した明治10年代の後半になって急速に広がるが,最初は沖縄方面,あるいは九州の長崎・佐賀・千葉などで使用されはじめた。このことにより漁獲量はめざましく増えたが,なかには資源の枯渇を考慮して,潜水メガネの使用を禁止した地域もあった。アマは,ふつう,1回の潜水時間は40秒から50秒であり,長い人でも1分間ぐらいである。平均すると約50秒が標準。1回の潜水をヒトカシラとかヒトイキとかいい,何回かの潜水作業を行って休憩することをヒトオリとかヒトシオとかいう。またヒトカツギ・フタカツギというところもある。作業全般をみると,一人で陸(岡)から出かける場合,船で仲間数人で出かける場合,あるいは船で夫婦やその他の家族・親戚などの男女で出かけ海女が潜水作業を行い,男が船上でそれを助ける場合など,作業の形態もさまざまである。

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