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●アボリジニー

大洋州 オーストラリア AD 

 オーストラリアの原住民。本来はオーストラリアン=アボリジンと呼ばれていたものだが,現在はアボリジニーというのが公称となっており,アイランダー(これも本来はトレス海峡島嶼民)と並べて原住民省の管轄下にある。約5万年前の洪積世の末期,東南アジア方面から移動してきた人種と考えられ,オーストラロイドの名で,古層白色人種のなかに位置づけられる。アボリジニーと白人の混血児が,一見,白人とほとんど区別できないことがあるのもそのためである。チョコレート色の皮膚で脚が長く,座高比が小さいという体型が特徴で,全体として多毛性,身長は中位である。身体に比較して頭は小さく,頭髪は波状毛,凹んだ眼窩,広い鼻,厚い唇,突き出た顎をもつ。今でも狩猟・採集生活を基本としており,ごく一部の沿岸居住民以外は海浜生活に習熟しておらず,したがって原則的に漁撈が欠落するし,また多くは乾燥・半乾燥の地域に分布するため,農耕の発達も乏しい。アボリジニー固有の狩猟具として用いられるブーメランは「く」の字型の薄い木片で,その一端を握って投げると,数十メートルの円を描いて回帰するので,小動物の狩猟に好適である。外婚性によるホルドという50人以下の集団が生活の単位であるが,四分制または八分制の組織と動植物や自然物の名を冠するトーテム=クラン,夫方居住でありながら母系制をたどる半族体制など,人類学的・社会学的に興味ある特徴を多く保っているし,神話や伝説・歴史にもとづくダンスや絵画は象徴的な優れたものとして,その芸術性が注目されている。カンガルーやトカゲを描いたそのようなアボリジニーの絵は,オーストラリア紙幣の図案として用いられている。人口は18世紀の白人到来以前には35万人くらいあったと考えられるが,外来者に追われて急激に減少し,1876年にはタスマニア人が絶滅し,アボリジニーの総数も一時は4〜5万人にまで激減した。今世紀に入ってオーストラリア政府が保護地を定めて諸種の保護政策をとることになって,漸次その数を回復し,現在は15万人近くに回復している。しかしその保護地はオーストラリア西北部から中部にかけての不毛の地に多いため,就労機会を求めて青壮年人口の都市流入が進み,そこでは最下層労働者として低賃金で不安定な職種に使役され,新たな社会的不満を醸成しつつあることも事実である。一方このような社会背景のなかで,いったん彼らの土地として指定されたところにウラン鉱その他の有用資源の埋蔵が明らかになり,その開発をしようとする外部の動きが始まるにつれて,本来,先住民族であった彼らはオーストラリア全土に先住権があるとして〈すべての土地をわれわれに返せ〉というスローガンで都市アボリジニーを中心とする政治活動もおこってきているが,もともと彼らだけがオーストラリア全土に居住した時代にも各部族を超えた統一国家を形成した歴史がないということが示すように,組織体としてのアボリジニー社会は,小規模で分散的であるという宿命をのがれることができない。言語の系統による部族の数は,方言グループまでに割ると500にものぼるが,その一つずつは大きいものでも1,000人未満,一般には100人台から,なかには50人余の小部族まであり,アーネムランドやアリススプリング周辺を中心に,政府経営の保護地・キリスト教各派のセツルメントが多くみられる。