●アベラール
ヨーロッパ フランス共和国 AD1079 フランス王国
1079〜1142 12世紀初頭,一時代を画した哲学者・神学者。フランス,ナントに近いパレーに生まれる。当時の碩学ロスラン(唯名論派)やギョーム=ド=シャンポー(実在論派)に学んで新学説を立て,名声は師をはるかにしのいだ。彼の講義によりパリが西欧最高の学都となる。エロイーズとの恋愛問題でパリを退去してサン=ドニ僧院に入ったが,ここを追われ,さらにソワッソン教会会議(1121)で著書が異端とされた。パラクレに草庵を結んだ後,サン=ジルダ僧院長となる。再びパリで教えたが,聖ベルナールの非難を浴びサンス教会会議(1140)で異端と宣告された。晩年はクリュニー院長ピエールに庇護されて著述に専念した。彼の思想史上の意義は真理認識の方法を理論化して神学に応用しようとした点にあり,スコラ学の先駆をなす。彼とエロイーズ両名の墓はパリ,ペール=ラシェーズ墓地に現存する。多くの著書のほかに,半生の回想録『災厄の記』が残っている。