●阿部正弘 あべまさひろ
アジア 日本 AD1819 江戸時代
1819〜57年(文政2〜安政4)幕末期の老中・福山藩主。伊勢守と称す。奏者番・寺社奉行をへて25歳の若さで老中に就任,1845年(弘化2)首座となって幕政を担当,徳川斉昭・松平慶永・島津斉彬ら親藩・外様有志大名と接触,協調を保ち,朝廷に対しても外国船来航状況を報告するなどして円滑な関係維持につとめた。ペリー来航に際しては米国国書を諸大名に示して率直な意見具申を求め,これまでの幕府独裁体制に代わる新しい政治方式を打ち出した。対外問題では漸進的開国方針をとって,1854年(安政1)日米和親条約を締結,ハリス来日に際しても峻拒しなかったが,その江戸行きには最後まで反対した。しかし岩瀬忠震ら有為の人材を起用して開国事務にあたらせ,講武所・海軍伝習所・洋学所を開設したことなどには,なみなみならぬ識見がうかがわれる。将軍家定の継嗣問題では一橋派を支持したが,実動するにいたらなかった。〔参考文献〕浜野章吉編『懐旧祀事阿部正弘事蹟』1899,吉川半七