●阿倍仲麻呂 あべのなかまろ
アジア 日本 AD701
701〜770(大宝1〜宝亀1)奈良中期の遣唐留学生。生年に698年(文武2)説がある。716年(霊亀2),16歳で遣唐留学生に選ばれ,翌717年(養老1)に吉備真備(きびのまきび)らと入唐(にっとう)した。19年後の735年(天平7)に真備は遣唐使多治比広成(たじひのひろなり)らと帰国したが,仲麻呂は残り,玄宗皇帝に仕えた。名前を朝衡(ちょうこう)と改めて,皇帝に仕えるかたわら李白(りはく)や王維(おうい)らと交わり,文名を高めた。753年(天平勝宝5),遣唐大使として入唐していた藤原清河(ふじわらのきよかわ)らと帰国することになり,その惜別の宴で船出に際し詠んだのが有名な〈天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも〉である。だが海上で暴風に遭い,安南(今のヴェトナム)に漂着,帰国を果たさなかった。〔参考文献〕杉本直治郎『阿倍仲麻呂伝研究』1940,育芳社
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