●安倍氏 あべし
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平安後期の奥州俘囚豪族。阿倍氏と同じく大彦命の子孫を称するが,もともとは在地豪族が安倍姓を名乗ったものであろう。10世紀末ごろ,安倍忠頼が「東夷酋長」となり,子忠良,孫頼良と世襲した。代々「奥六郡」(岩手県北上平野地帯)を支配,「六箇郡の司」と称され,ほとんど半独立国家の状態となった。1051年(永承6)陸奥守藤原登仕(なりとう)が頼良を攻め,大敗した。朝廷では源頼義をその後任とし,これを討たせた。頼良は頼義と同名なのをはばかって,頼時と改名,頼義に恭順の意を表したが,頼義がその子貞任を殺そうとして全面戦争となった。頼義は出羽山北(せんぽく)の俘囚主清原武則らの参戦を得て,1062年(康平5)ようやくこれを平定した。頼時は,大戦中に戦死,貞任は深傷を負い,終戦とともに敗死,宗任は捕虜となり,安倍氏は滅んだ。前九年の役という。〔参考文献〕高橋富雄『藤原清衡』1971,清水書院
梶原正昭校注『陸奥話記』1982,現代思潮社
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