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●アフマド=ハーン

アジア インド AD1817 

 1817〜98 19世紀インドのムスリム改革運動の指導者。デリーのムガル宮廷の高官の家柄に生まれたが,父の死後,官職を継がず,1837年に時の新興勢力であるイギリス東インド会社の裁判所書記となり,法律を学び,北インドの各地で下級判事をつとめた。セポイの反乱ののち,ムガル帝国の滅亡を契機に,ヒンドゥー教徒に立ちおくれていたムスリム中間層を,イギリス支配者に近づけようと努力した。1869年にイギリスを訪問,ムスリム社会の近代化の必要を痛感し,帰国後,週刊誌「倫理の浄化」を刊行,宗教と科学の融和の必要を説き,1875年にアリーガルにムハマダン=アングロオリエンタル=カレッジ(アリーガル=イスラーム大学の前身)を創立して,西洋の学問・教育の導入につとめた。政治的には,インドにおけるイギリス統治を支持し,1878年に立法議員となり,インド国民会議派の結成に反対した。ヒンドゥー多数派社会に支配されないムスリムの利益の擁護に腐心し,ムスリムの独自性を主張したことは,のちのムスリム連盟成立の思想的背景となり,ひいてはパキスタン運動に布石を打つことになった。