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●阿仏尼 あぶつに

アジア 日本 AD1222 鎌倉時代

 1222ごろ〜83?(貞応1ごろ〜弘安6?)鎌倉時代歌人。実父母は不明。平度繁の養女となり,14・15歳から安嘉門院に仕え,越前・安嘉門院四条などと呼ばれた。この時,青年貴族との恋に破れ,尼寺に駆け込み,さらに養父の任地遠江に下った。『うたたね』は,その2年間を綴ったもの。1253年ごろ(建長5),藤原為家と知り含い,冷泉為相・為守らを生む。為家の嵯峨の山荘で女主人として歌会等を営み,のち持明院の北林に住んだ。出家して,阿仏尼と称し,嵯峨禅尼・北村禅尼と呼ばれた。伝来の歌書類を北林に移したほか,為家の子為氏に譲った細川荘を,為相に相続させるよう,為家に遺言状を改めさせた。この相続問題を幕府に訴えるために,1279年(弘安2)鎌倉に旅した。その旅中と鎌倉滞在生活をまとめたのが『十六夜日記』であり,訴訟の解決を見ずに同地に没したらしい。和歌に『住吉百首』『弘安百首』等,歌論『夜の鶴』,為家の供養のための『阿仏仮名諷誦』等がある。