●アヒンサー
アジア インド AD
元来「害する」「殺す」を意味する動詞(ヒンス)から派生した概念で,不殺生・不傷害・非暴力と訳されている。バラモン教学・ジャイナ教と同様に,仏教では五戒の一つである。ほかの徳目と異なり完全な履行の不可能な点に,多くの問題を蔵している。この思想がインドのいずれの宗教に起源をもつのかについては,定説はない。バラモン教祭式における生命損傷に対する呪術的畏怖,業論・輪廻観の成立を背景にした生命損傷への畏怖などが考えられている。しかし,五戒の一つとしては,倫理的な要請として発生したとみるのが至当であろう。不殺生をとくに最重要の徳目とみなすのはジャイナ教である。文字どおり生物に対するあらゆる傷害のみならず,身・口・意の三業による他者への危害や暴力をも,殺生として規定している。マハートマ=ガンディーの不殺生は,伝統的な思想の影響を受けてはいるが,それと直結するものでなく,彼独自の理念にもとづいて考え出されたものである。とくに倫理的・精神的な面が強調され,愛と同一視される原理である。その反面,闘争の可能性をも秘めた行動的な理念でもある。