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●アダット

アジア インドネシア共和国 AD 

 インドネシアの慣習。イスラーム社会の慣習や慣習法を意味するアラビア語のアーダにもとづくもので,イスラーム法の影響をうけたものは,一般に慣習法とよぶ。紀元前300〜200年ごろ,インドネシアに移住・定着したマライ=ポリネシア系語族は,原始共同体を形成し,稲作を行い,生活のあらゆる分野が精霊信仰によって規制された。この共同体を律する伝統的規制がアダットである。アダットはヒンドゥー=仏教文化・イスラーム文化・西洋文化が導入された過程で,若干の変化はみられたが,ほとんど変化することなく現在にいたっている。

慣習法圏】オランダの法学者ファン=フォレンホーヘンは,インドネシア全域の言語圏の差異を手がかりに,慣習法にもとづく19の法域圏,すなわち慣習法圏を設けた。また,インドネシア各地の慣習資料を体系的に収集・整理し,学問体系としてのオランダ慣習法学派が形成された。19の慣習法圏は次のとおりである。[1]アチェ[2]ガヨ・アラス・バタク地域[3]メナンカバウ地域[4]南スマトラ諸州[5]スマトラ東岸のマライ族地域[6]バンカ・ビリトン[7]カリマンタン(ボルネオ)[8]ミナハサ[9]ゴロンタロ[10]トラジャ地域[11]南スラウエシ(セレベス)[12]テルナテ地域[13]アンボン地域[14]イリアン(ニューギニア)[15]ティモール地域[16]バリ・ロンボク[17]中・東部ジャワおよびマドゥラ[18]ジャワ王侯領[19]西部ジヤワ。

【伝統的な社会慣習】アダットの構成要素としては,[1]呪術的宗教の要素[2]ヒンドゥー的要素[3]イスラーム的要素[4]キリスト教的要素が指摘されている。しかし,アダットには,伝統的に超自然的な力に対する畏怖,祖先崇拝が根強くみられる。バリ島・スマトラのバタク族・カリマンタンダヤク族・スラウェシのトラジャ族の社会などは,このような呪術・宗教的要素が強い。ジャワ人社会でも呪術的宗教の要素にもとづく社会関係はみられるが,これらの地域では,それ以上に各地域の固有な原始的世界観が濃厚である。たとえば,呪術的宗教の世界観によって,人は土地と不可分な関係にあるものとされ,土地を他人に簡単に譲渡できないような慣習がある。また,都市と農村を比較した場合,農村には呪術的宗教の要素がより強く残っている。このような特徴は,程度の差はあるが,インドネシア全域にみられる。この伝統的な社会的慣習に加えて,外来のヒンドウー教・仏教・イスラーム・キリスト教などの影響がある。たとえば,バリ島やロンボクでは,ヒンドゥー教の影響が強く,サンスクリットが用いられたり,ヒンドウーの法典『スリア・アガム』が残っているが,バリ島やロンボク本来の慣習も残存している。ジャワの場合,住民の約90%はムスリムであるが,彼らも実際にはヒンドゥー文化の影響を強くうけており,精霊崇拝や祖先崇拝を行っているものもいる。また,人生の通過儀礼,すなわち出生・割礼・成人式・結婚・妊娠・葬式などにおいては,スラマタン(共食儀礼)が行われる。これは,禍がおこらないように,精霊や祖霊に食物を捧げ,人々が食事を共にする行事で,日常生活に欠かすことのできない生活の基本的パターンとなっている。

【集団主義的慣行】インドネシアでは,地縁的に組織された村落に,父系・母系・双系の血縁組織が重なり,村落共同体は多様性を示す。アダットも1種族に1慣習といわれるくらい多様であり,インドネシア全域に共通する単一のアダットは存在しない。しかし,これらに共通する慣習として,集団主義的な相互扶助(ゴトン‐ロヨン)の精神,寄り合いにおける話し合い(ムシャワラ)にもとづく全会一致(ムファカト)の原理などがある。インドネシア共和国の建国5原則/パンチャーシラの構想にも,共同体のあり方を規定するアダットの理念がとり入れられている。

〔参考文献〕中村孝志編『インドネシア社会の宗教と慣習』1977,天理教東南アジア研究室

綾部恒雄・永積昭編「もっと知りたいインドネシア」『もっと知りたい東南アジア2』1982,弘文堂