●足軽 あしがる
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日本の中世において後方ゲリラ要員として訓練された兵。のち歩卒,足白,足弱,疾足などともいう。「足軽」という言葉は『平家物語』や『源平盛衰記』にもみられる。市中の放火や,水源をとめることなどに従事し,行動の早さからこの名がつけられたといわれる。室町末期より戦国時代にかけて,とくに応仁・文明の乱のころより,足軽と称するものは,かぶとをせず,槍をもって突撃した。彼らは雑兵そのものであるが,訓練・組織化によって集団として威力を発揮するものとなっており,とくに鉄砲伝来以来,鉄砲隊組織づくりをし騎馬より足軽集団戦法が卓越するにいたった。近世になると足軽隊は,武器としては弓・槍・鉄砲で編成され,弓組・槍組・鉄砲組と名づけられ,同心を中心として組織された。
兵卒として使われたせいか,士より軽蔑され,明治維新後は卒族あつかい,ついで廃藩置県後は士族に編入されている。