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●足利義持 あしかがよしもち

アジア 日本 AD1386 南北朝時代

 1386〜1428(至徳3・元中3〜正長1)室町幕府の4代将軍(在職1394〜1423応永1〜30)。3代将軍義満の子。義満の死後,管領斯波義将らの支持をうけて養嗣をおさえ,ようやく地位を保全し得た義持は,北山第の破壊に着手し,勘合貿易を中絶,世阿弥を遠ざけるなど,多くの点で義満に反対する政策をとった。しかし,後小松天皇の皇位継承に不満の後亀山上皇が1410年(応永17)吉野に遷幸し,1414年(応永21)北畠満雅の挙兵など後南朝の動きを誘発,1416年(応永23)には関東で上杉禅秀の乱がおこり,義持に対抗してきた義嗣を幽閉する。この間に幕府の権威はしだいに低下した。1423年(応永30)将軍職を子の義量にゆずり,義持は出家して道詮と号した。義量は2年後に病死,義持が法躰のまま幕政をとった。この間幕府政治の矛盾はさらに激化し,義持は1428年(正長1)正月18日死に臨んで次期将軍の選出は重臣に杜撰なかたちで一任された。