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●足利義教 あしかがよしのり

アジア 日本 AD1394 室町時代

 1394〜1441(応永1〜嘉吉1)室町幕府の6代将軍(在職1429〜41,永享1〜嘉吉1)。3代義満の子,4代義持の同母弟。はじめ出家して義円と称し,大僧正,天台座主となるが,1428年(正長1)義持の後継者として還俗。初名義宣。将軍専制をめざす。1428年引付制度を復活し管領の地位・権限を抑制。三管領の一つ畠山家に干渉し当主持国にかえて弟持永をたてたのをはじめ今川・京極・富樫など守護家の家督に近習の者をたて,四職家の一つ一色義貫と伊勢守護土岐持頼を誅殺するなど,有力守護家を抑圧,また鎌倉公方足利持氏も滅ぼした(永享の乱)。さらに朝廷や皇統にも介入,多数の廷臣を処罰した。興福寺僧兵の争いにも武力介入し,延暦寺の僧兵を武力で弾圧した。その結果,義教の政治は恐怖政治とみられ,1441年(嘉吉1)6月21日,赤松満祐に誘殺された。なお義教は,義持が中絶させた勘合貿易を復活,在職中2度貿易船を派遣している。