50音順    検 索

●足利義政 あしかがよしまさ

アジア 日本 AD1436 室町時代

 1436〜90(永享11〜延徳2)室町幕府8代将軍。6代将軍義教の子。初名義成。1443年(嘉吉3)兄義勝の死により将軍となる。当初は政治に専念したが,政治的な素質に乏しかったため,妻の日野富子とその兄の勝光などに押えられ,しだいに無気力・無関心になっていった。すでに幕府は崩壊期にあり,守護大名の分裂,飢饉の発生,頻発する土一揆などのなかで13回もの徳政今を発し,社会の混乱を招いた。はじめ実子がなく,弟義視を後嗣に定めたが,富子が義尚を出産。これを将軍にするために細川勝元らと対立し,応仁の乱をおこした。1473年(文明5)将軍職を義尚に譲って,1483年(文明15)東山山荘(銀閣寺)に隠棲,東山殿と呼ばれた。財政の窮状を救うため朝鮮などとの海外貿易を盛んに行い,宋・元・明の文化が輸入された。また,すぐれた文化人を側近として召し使い,文化の発展に寄与し,東山文化を生んだ。