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●足利義昭 あしかがよしあき

アジア 日本 AD1537 室町時代

 1537〜97(天文6〜慶長2)室町幕府最後の15代将軍。12代義晴の次子,13代義輝の弟。初め興福寺一乗院の門跡となり覺慶という。1565年(永禄5),松永久秀によって兄の将軍義輝が殺されると還俗して義秋と名乗り,越前守護朝倉義景を頼って同国に赴き,1568年元服して義昭と改名ののち,織田信長に迎えられて美濃岐阜に赴き,同年9月信長とともに入京し,翌10月征夷大将軍に任ぜられた。しかし信長が政治上の権力を握っていることを快しとせず,再三衝突をおこし,1572年(元亀3)に入ると武田・浅井・朝倉・本願寺等と結んで信長排除を進め,翌年(天正1)3月挙兵して一旦講和,7月山城国梶尾城に再び挙兵して破れ,信長に降伏して京都を追われ,室町幕府は15代238年で滅亡した。義昭はそののち毛利氏の下に赴き幕府再興の努力をつづけたが成功しなかった。1588年豊臣秀吉に迎えられて上洛し,出家して昌山道休といい,扶助料として1万石を給せられた。